ルネサンスとは何であったか(塩野七生) 感想

 ことえりすげぇ。いきなり本題から外れますが、最近Macを使うようになってかな漢字変換ソフトの「ことえり」のバカさ加減に日々戸惑っていますが、「ななみ」と打って「七生」って一発で出たのに驚きました。WindowsMS-IMEだと標準では変換できないですから。なんか無駄にすごい。


 さて、本書はしおのななみ先生の「ルネサンス著作集」の文庫版第1巻。
 はじめの数ページがカラーでいくつか資料が掲載されている。ルネサンス人一覧、イタリア半島住民数の推移、貨幣、14、15、16世紀のイタリア勢力分布図。これらがなかなか興味深い。


 ルネサンス人一覧は人名と年代の線表(なんていうのか知らない)が一緒になったものなんだが、自然科学分野で取り上げられているのが唯一トスカネッリ(コロンブスの航海計画に影響を与えた人)しかいない。年表の範囲からするとガリレイも入っていていいはずなのに取り上げられていないのは塩野さんの興味がないからか。自然科学が発達するのはルネサンス後だからか。私はここに出てくる人名はひょっとしら聞いたことあるかなー?というくらいでした。


 住民数推移は帝政ローマ時代、ルネサンス期、現代にピークがあって(現代は増え続けている)、いずれも増え方はなんとかの法則通り指数関数ぽい。ま、統計処理して指数関数でフィットさせたんだろうけど。でも1600年のピークはなぜか例外的な曲線になっている。注として、この推移数の曲線は発掘された各時代の人骨調査による体格の推移と合致する、と書いてあるのだが、そうすると急激に人口が増え続ける現代イタリア人の体格って・・・。人口が増えて体格も大きくなるというのはいいことだ。アフリカなんかは人が増えて体格が小さくなったんじゃないかな?イタリアが豊かな地であることが一因だと思う。


 貨幣は飛ばして、勢力分布図。15、16世紀はともかく、14世紀のはすごい.国ごとに色分けしているためによくわかるのだが、北イタリアは小国に分割され過ぎで、ジグソーパズルみたいだ。この時代の領主のやりたい放題ぶりが想像できる.


 はじめに著者が断っているように、いままで塩野さんの作品をある程度読んだ人には既知のことが多い。私は塩野さんが書いているエッセーを読むため毎月文芸春秋を立ち読みしているそこそこの塩野マニアだから、いつも通りという印象。「なのですよ」がちょっと鼻につく。


 本編はルネサンス人一覧で年代的に一番古い聖フランチェスコから始まる。本書の中ではこの話が一番面白かった。宗教人たる聖フランチェスコルネサンス人としてあげるのが塩野史観。本書を通して書いてあるように、既成概念を疑い行動するのがルネサンス人。
 中世の教会が説くキリストの教えが厳しく恐ろしいものだったのに対して、聖フランチェスコのそれは、優しい愛の教えだったという。遠藤周作イエスの生涯 (新潮文庫)で、ユダヤ教は荒涼とした大地を思わせる厳しい神様像を教えていたが、イエスが創ったのは愛の神様像だった、というようなことが書いてあったから、やはり古代復興だな。
 教会の教えと異なる考えを実行するフランチェスコをむしろ積極的に支援した当時のローマ法王イノセント(イノケンティウス)3世も視野の広い人物だ。そんな人物でもフリードリヒ2世の平和裏に成功した十字軍を認められなかったのが、彼らが生きた中世という時代なのか。


 他では、文庫版ローマ人の物語1巻に書かれている、文庫本の発明者アルド・ヌマッツィオの話とか。
 いつも疑問に思うんだが、なんで中世では古代ギリシャ、ローマの本を読まないのに筆写していたんだろう。読むのに不適切っていうなら、はじめから捨てればいいのに。当時は本の絶対数が少なくて、ラテン語を覚える必要がある聖職者が練習用に仕方なく写してたのかな。


 本編の後に取り上げたルネサンス人の略歴があって、その後に塩野さんと三浦雅士(誰?)の対談。
 略歴は読む気になれんな。こんなちょこっとしたものでは絶対理解でない、というのが塩野さんの作品を通してわかったこと。でもデューラーの自画像がかっこいい。他の画家の自画像にも何となく見入ってしまった。エラスムスは頭が大きく見えない(笑)。やっぱり結構参考になるな、これ。
 対談はほめ過ぎ。塩野さんが日本のルネサンス学者から嫌われているという話が面白かった。